私たちは多面的な存在として、日々さまざまな「役割」を演じながら生きています。例えば、家族の前では“良き夫”や“優しい父親”として振る舞い、仕事場では“責任者”や“部長”“課長”としてプロフェッショナルな態度を取る。それらの役割は、まるで社会の中で生きるための「仮面」のように感じられることもあるでしょう。しかし、その「仮面」を被り続けるうちに、いつの間にか自分自身との境界が曖昧になることはありませんか?

本当の自分と役割を演じる自分――境界線はどこにある?
人は社会の中で生きていく上で、家庭、職場、友人関係など、異なる環境において異なる役割を演じます。この役割演じは、しばしば自己の本質からの乖離をもたらすことがあります。この乖離が生じる主な理由は、社会的期待や義務感によって、自分自身を抑圧し、本当はどう感じているのか、何を望んでいるのかを隠すことにあります。
その役割は『こうあるべき』という、いわゆる世の中の常識という基準で演じてしまい、自分の本質から離れた役割を演じ続けると、自己同一性の混乱を引き起こし、結果的に生きづらさを感じる原因となることに繋がります。このような状況では、自分の内面と外面の間にギャップが生まれ、精神的な不調和を感じることになります。そうなると、自分の本来の軸からぶれてしまい、自己不信に陥りがちです。この不安定感が『生きづらい』と感じる原因となるのかもしれません。
自分の本質と役割が一致することが重要だけど
理想を言えば、自分の本質と社会的役割が一致することが、最大の安心感や充実感をもたらすでしょう。自分の内側の声と日々の行動が噛み合うとき、私たちは心の平穏を得て、やりがいや自己実現の喜びを感じられます。
しかし現実には、いつも本心を最優先に行動するのは難しいもの。特に人間関係では、相手に合わせることで衝突を避ける場面も数多く存在します。周囲と調和すること自体は大切ですが、もしそれが続きすぎると、自分を抑えこんだまま生きることになり、いつか心のバランスを崩してしまうかもしれません。

自分らしさを守るための客観視と自己理解
「果たして自分は何者なのか?」――この疑問を解消するには、客観的な視点から自己を見つめ直すことが不可欠です。まずは、自分の価値観や信念、さらに喜びや情熱、苦手なことなどを洗い出してみましょう。こうした作業は一朝一夕では進まないかもしれませんが、自分自身を深掘りするにつれて、自分が何を大事にしているのかが少しずつ見えてきます。
自分を認識できるようになると、「自分が本当にやりたいこと」「自分の心が求めているもの」が明確になり、行動の軸が生まれます。自分にとって意味のある役割と、そうでない役割が区別できるようになれば、たとえ“仮面”を被るとしても、自分のコアが揺らぎにくくなるでしょう。これこそ自己理解がもたらす大きなメリットといえます。
ありたい自分のビジョンを描く
客観視を深めた先では、次に「どのような自分でありたいか」という未来像を持つことが大切です。自分の価値観を軸に、自分が大切にしたい目標や、人間関係、働き方などを明確にします。
- やりがいを感じる仕事のスタイル
- 心が安らぐ人間関係のあり方
- 新しいチャレンジで成長していく生き方
など、自分が「こう生きたい」と願う形は人それぞれです。そのビジョンをはっきりさせれば、日常の選択も自然と自分らしさに沿ったものとなっていきます。たとえ役割を演じる状況があっても、本質的な自分の核が守られるので、強いストレスにさらされにくくなるのです。
役割のバランスを見つける
社会的役割から完全に離れられる人は少ないでしょう。家族を養う、組織をまとめる、周りとの調和を図るといった義務や責任が生活を支えています。ただし、その責任感を優先しすぎると、自分自身を見失ってしまう。大切なのは、自分を大切にする意識と役割との折り合いをどうつけるか、というバランス感覚です。
ときには周囲の期待に沿うことが、最良の選択となる場合もあるでしょう。一方で、「ここだけは自分の意志を曲げられない」というラインを明確にし、その部分はしっかり自分らしさを貫くことも必要です。そうして、無理なく演じられる範囲と、自分の本質が発揮される部分を上手に融和させることがポイントとなります。
生きづらさを乗り越えるために
役割という仮面は、社会生活を営むうえである程度不可欠なもの。しかしそれが、いつの間にか自分をがんじがらめに縛りつける鎖になる危険性もはらんでいます。
心のSOSを放置せず、しっかりと自己理解を深め、自分が何を求め、何を嫌がり、どんな姿でありたいのかを知っておく。それが真の意味での自由と幸福へつながる鍵です。
- 生きづらさを感じたら、まずは自分の声を聴く
- 本当の自分を否定せず、大切に扱う
- ときには信頼できる人に話してみる
- プロのカウンセリングやコーチングを利用する
こうしたステップは、自分を守り、さらに自己肯定感を高めるためにも大いに役立つでしょう。
自己肯定感を育むための実践
- 自分を労う
「今日は予定通りに起きられた」「新しいことを始められた」など、どんな些細なことでも達成感を味わい、それを自分で認めてあげます。行動できていなくても、「こうしよう」という意欲があったことをほめてあげてください。その意欲があるから、行動につながっていくのですから、そんな意欲を持てていることが素晴らしいのです。 - セルフケアを怠らない
規則正しい生活や適度な運動、趣味の時間を確保することは、心身の健康を保つ基本です。とはいえ、ガチガチに毎日できていなくてもかまいません。そんなことができたなという日を増やしていけば良いだけですから。 - ネガティブ思考の客観視
「自分なんか」と思いがちなとき、その思考を「あ、いま私は自分を否定している」と俯瞰し、一度立ち止まります。悲しいとか、自分を責めている姿を客観的に見てあげてください。自分を否定しているな、と気づくだけでも素晴らしいことです。客観視することで、ネガティブな感情から少し離れることができているのですから。
これらを少しずつ継続することで、自分を否定しない土台が育まれ、結果的に仮面を被ってもブレにくい自分へと変化していきます。
仮面を被っても、自分の軸は保てる
社会のなかでいくつもの役割を演じること自体は、悪いことではありません。むしろ、周囲との調和を図りながら生きるために必要な術ともいえます。けれど、その「仮面」が自分の全てを覆い隠してしまうと、そこに生きづらさが芽生えます。
人生のさまざまなシーンで期待や義務に応えながらも、自分らしさをしっかり保つためには、自分を客観視し、本当の自分を理解する努力が不可欠です。さらに、ありたい自分のビジョンを明確にすることで、「仮面を被る場面」と「自分を解放できる場面」のバランスを意識し、自分にとって心地良い生き方を見つけることができるでしょう。
自分の本質を大切にすることで、人生はもっと自由で、納得感のあるものに変わっていくはずです。


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