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思い込みを外すことで可能性が広がる理由

子供の頃、自分は『何者にでもなれる』と思っていました。むしろ『なる』と断定した考え方をしていた気がします。それが、何がきっかけなのか、いつからなのか、自分の目の前に壁を感じるようになり、空を見上げても見えないガラスの天井に遮られている気持ちになったりして、『なれないのかも』と考えるようになり、いつしか夢物語を見ていたのだというような気持ちになっていました。

まだ子供だったからとか、現実を知るようになったから、とわかりきったようなことを言って、そんなことを理解することが、大人になったような気持ちになっていたかもしれません。自分の無力を知ることで、自分を成長させる糧になるのだとまで考えて、自分の能力のなさを克服するために自分を磨こうということを、自分のモチベーションにしていたと思います。常に『自分はまだまだ』と考え、努力を怠ってはいけない、と。

でも最近、そうじゃなかったのだな、ということに気が付きました。もちろん、今の自分をつくってきたのは、『自分はまだまだ』という気持ちで頑張ってきたからこそであり、そんな自分の過去を否定するものではありません。むしろ『よく頑張ったな』とほめてあげたいくらい。

なりたい自分になれなかった理由を解明すると、それは自分の思い込みが原因です。他には、自分の目標設定の仕方と、自分にとっての『当たり前の基準』がどの位置にあるか、ということも要因かもしれません。今回は、自分の思い込みが可能性を狭めている理由についての考えを深めていきたいと思います。

『スコトーマ』という言葉をご存じでしょうか。『心理的盲点』とも表現されるのですが、見えているはずなのに、見えないというものです。なぜ、こうした『スコトーマ』という現象が起きてしまうかというと、脳の基本的な働きとして、重要でないと判断したものについては『意識しない』ということが起こるそうです。例えば、自分が興味があることは目につくが、興味がないものは全く気が付かないといったように、その人が意識しているか、意識していないかで、自分の視界に入る、頭に入ってくる情報は異なってきます。

また『思い込み』によっても、スコトーマは生み出されています。例えば、探し物をしているときに、どれだけ探しても見つからなかったものが、実はすぐ近くにあった、などという経験はありませんか。これも自分の頭で『ない!』と思い込んでしまい、その『ない!』という思い込みが、対象物に気づくことができない状態になっているという現象です。

こうして考えると人間同士って、同じ世界に住んでいるようでいて、それぞれ別の世界に住んでいるとも思いませんか。それって、意識していることの領域が人それぞれで異なるからなのですよね。また、自分が見えているものが世界のすべてではなくて、むしろ見えていない世界の方が多いのだとも考えさせられます。そう考えると、目の前にチャンスが訪れているにもかかわらず、みすみす見逃していた、なんてこともあるかもしれません。

息子が宿題をしていると、眉間にしわを寄せた表情になって『わからない』と言って、解答することをあきらめることがあります。わたしは以前に学習塾でも働いていましたが、その時の生徒にも同じようなことが多くありました。そんな時は、「そう?これは○○くんには簡単にできる問題だよ、一度『できる、できる』って言ってから、問題文を声に出して読んでみて」と言って問題を考えさせていました。すると、多くの割合で、何も教えることなく問題を解ける子がいました。

結局、『わからない』という思い込みが、思考停止にしてしまって、答えを導き出す情報が頭に入ってきていない状態なのだと思います。これは教える側でも同じで、数学の図形問題などで生徒から質問がくると、自分もすぐには答えに気づけない場合がありました。そんな時は、声に出さないで、『できる、できる』と自己暗示をかけながら、解答を導き出し、生徒に教えていたりもしたものです。

私たちは、年齢に限らず、可能性に満ちあふれていると私は信じています。『歳だから、とあきらめないで』と何かのコマーシャルでもあるようなフレーズですが、本当はその通りだと思います。とはいえ、ついつい『歳だから』と思ってしまうこともありますが、『歳をとる=できない』というわけではないのです。

いつからでも良いと思います。何歳からでも良いとも思います。自分が本当にやりたいことにチャレンジしていくことは、自分の人生を豊かなものにしてくれるのではなだろうかと思います。そして、そのやりたいことは、自分のスコトーマを外してしていけば、行動することによって一歩一歩近づいていきます。すると、何かの地点に到達すると、更にやりたいことが広がっていきます。おそらく、無限に広がっていくのではないでしょうか。

人生って、寿命が尽きるまでチャレンジし続けるものなのかもしれません。そのチャレンジする行動が、自分にエネルギーを満たしてくれているのだと思います。何かに夢中になれた時は、時間が過ぎるのも忘れるくらいにのめり込んでいると思います。そんな人生を過ごせるように、自分の思い込みを捨て、スコトーマを外して生きていきたいと思います。

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