仕事から帰ってきて、晩御飯を食べてゆっくりとしていた時、小学2年生の娘が「パパ、Canvaを使いたい!」と駆け寄るようにして、前のめりに元気な声で言ってきた。
幼いころから絵を描くのが大好きで、クレヨンやマジックに絵の具セットと興味をもったツールは積極的に買ってあげていた。好きな気持ちを大切にしてあげたいという想いからだったが、最近はデジタルツールにも興味をもってきたようだった。やってみたいという彼女の気持ちを尊重して、スマホにアプリをダウンロードして貸してあげたのだが、ちょっとためらいも感じていた。
Canvaは自分もあまり使ったことがなく、自分が使いこなせていないツールだから、わからないことを娘に聞かれても説明してあげることができない。仕事から疲れてゆっくりしている時に、自分がわからないことを教えるのもしんどいな、なんて考えも芽生えてしまい、娘がイメージするデザインを描けるようにサポートをしてあげられるのだろうか、と自分ができない理由が頭を駆け巡り、娘をがっかりさせないかという一抹の不安を感じていたのだ。
スマホを手にした娘は、キラキラした目で画面をのぞき、右手でタップを繰り返している。デザインの選択や文字の書き方くらいは自分にもわかるので、そこまでの準備をしてあげたのだが、その後はなんてことない、彼女が自分で試行錯誤しながら、デザインづくりを楽しんでいるのだ。時折、「わぁ、すごい」と声を出したり、真剣な表情になったりする娘の姿を見ていると、ワクワクしながら挑戦しているのだな、と感じた。

そんな娘の姿を見ていると、もしかすると子供は、人間本来の性質で生きているのかもしれないと思った。歳を重ねるにつれ、いろいろな固定概念ができ、失敗も経験していって、自分の可能性の枠を作っているのかもな、と考えた。大人になるにつれて、やりたいことがあっても、そんなことできっこない、とできない理由を考えることも増えたのかもしれない。
娘が楽しそうに操作しているCanvaでもそうだ。僕は娘に使い方を聞かれてわからないかもしれない、上手く教えてあげられないかもしれないと、できないことを想定して思考していた。それは、自分ができない現実を作りだそうとしているのかもしれない。きっと、知識やスキル、経験は娘より僕の方があるのだけど、娘はワクワクして取り組み、僕は心配をしてためらいがちになる。
本当は、ワクワクしながらチャレンジすると、自分の可能性を広げられるのかもしれない。人って本来はなんでもできる能力を備えていて、無限の可能性があるにもかかわらず、固定概念に縛られて、可能性を自ら狭めているのかもしれないな、なんて娘の横顔を見つめながら考えてみた。

『できた!』笑顔で娘が見せてくれたCanvaのデザインは、まだまだ拙さはあったが、輝いて見えた。娘の誇らしげな笑顔に、僕の心も温かくなった。スマホの画面には、薄いピンクの花がデザインされた下地に「ありがとう」の文字があった。「素敵な作品ができたね」と言葉をかけると、娘は満面の笑みになった。とても可愛らしい笑顔から、彼女の可能性が広がる気配を感じた。
僕ももっとワクワクを膨らまそう。できない理由なんて考えなくていいんだ。自分がやりたいという気持ちを大切にして、できることの喜びをイメージした日々を歩んでいきたい。娘から人生の大切なことを学ぶことができた。子供という存在は、大人にとって人生の師であるのかもしれない。
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